最高裁判所第二小法廷 昭和30年(オ)924号 判決 1958年3月28日
三重県一志郡久居町大字本町一三九六番地の二
上告人
加藤守
同県同郡同町大字二ノ町八六二番地
被上告人
前川鉄雄
右訴訟代理人弁護士
本庄修
右当事者間の家屋明渡請求事件について、名古屋高等裁判所が昭和三〇年七月一九日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由一点について。
原判決は、被上告人の本件家屋全部の明渡請求に対し、階下の部分だけについてその請求を理由ありと認め、二階の部分については解約の効力を認めず、この部分の明渡請求は理由がないとしたのであるから、取りも直さず二階については依然として賃貸借が存続することを認めたものに外ならない。既にその賃貸借が存続する以上右賃貸借契約の効果として、二階の使用に必要欠くべからざる範囲において玄関、階段等の使用権を有し、したがつて被上告人は上告人の右部分の使用を忍容すべき義務を負うことは当然であつて、判決主文にその旨明示されていないことは何ら右解釈の妨げとならないものと解すべきである。又上告人は上告人の家族六人が右二階五坪のみに生活することを不当に強いられることになると主張するが、原審は上告人は本件家屋に接続する自己所有の家屋に生活の本拠を移し右家屋に起居出来ない家族の一部を本件家屋の二階に起居せしめることを以て、上告人に対し新にさしたる経済的支出を負わしめないで上告人方家族全部が生活し、その営業を継続して行くことができるものと認定判示しているのであつて、右判示はこれを首肯することができる。所論違憲の主張もその前提を欠き理由がない。
同二点(一)について。
他人が賃借居住中の家屋をその事情を知りながら買い受けたという事実は、解約申入について正当事由の有無の判断につき考慮せらるべき一の事情となるに止まり、正当事由の有無は「賃貸借当事者双方の利害関係その他諸般の事情を考慮し、社会通念に照し」(昭和二五年六月一六日第二小法廷判決民集二二七頁)判断すべきであるとの原則の適用を否定すべき事由となるものではない。しかして右原則に照すときは、原審の判断は不当であるとは認められない。
同二点の(二)について。
論旨は、被上告人の全部明渡の請求が理由がないから、本訴請求は全部棄却すべきだつたのに、原判決が被上告人が申し立てなかつた一部明渡の判決をしたのは民訴一八六条に違反するというのであるが、被上告人は原審において「仮りに本件家屋全部に対する賃貸借契約の解除が正当でないとしても、第一次的には階下全部、第二次的には階上全部につき解除の正当事由があるものと思料するから順次その部分の明渡を求める」旨申立たことは原判決事実摘示に明かであるから、所論は採用できない。
同三点について。
原審が、正当事由の有無の判断につき、被上告人が賃貸人たる地位の承継者である事実を考慮したことは判文上明かであつて、何ら理由にそごはない。所論は採るを得ない。
よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)
昭和三〇年(オ)第九二四号
上告人 加藤守
被上告人 前川鉄雄
上告人の上告理由
一、原判決は、憲法第二五条第一項に違反する。
憲法第二五条第一項によれば、すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障している、ひるがえつて、原判決は上告人に対し本件家屋の内、二階坪五坪を除きその他の部分の明渡を命じたがその結果、上告人の家族六人(上告人の妻及び十八才を頭に五人の子女)が便所も炊事場もない右二階五坪のみで生活することを強いられることになり、しかも出るにも入るにも、一々被上告人の許可を受けなければならない(原判決は右出入に要する部分を当事者の共用としておらないため)もし被上告人の許可が得られなければ入つても出ることができず、出れば入ることができず、常に監禁又は追出しの危険にさらされているわけであつて、かようなことが原判決の効果として必然的に生じることはきわめて明かであり、前記憲法条項において保障する健康で文化的な最低限度の生活ということは、とうていいえないことも明かであるから、右保障に反する原判決は破棄されねばならない。
二、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違背がある。
(一) 原判決は、その理由の冒頭で、上告人が訴外牧から賃借居住中の本件家屋をその事実を知つて買受けて所有権を取得するとゝもに賃貸人たる地位を承継したことを認定したが、右の如く他人が正当に賃借居住している家屋をその事実を知つて買受けたものは、たとえ自分が住む家がないためにその家を買つたとしても、買つたからといつて、また自分が住むところがないから、その家に住むつもりで買つたとしても、だからといつて、直ちに従前から賃借居住している借家人を追出して自分が住めると考えることは著しく社会通念に反し、賃貸借関係における信義誠実の原則に違背することはきわめて明かである。
したがつて、被上告人の本件請求自体は民法第一条第二項に違背するにもかゝわらず、これを認容した原判決は、右法律に違背しているから破棄されねばならない。
(二) 原判決は、民事訴訟法第一八六条に違背して当事者の申立てない事項について判決した違法がある。
原判決摘示の事実によれば、被上告人(一審原告、二審控訴人)の請求は、本件家屋全部の明渡であつて、原判決の如き一部明渡を求めたものでないことはまことに明かであるにもかゝわらず、これをあえてした原判決はすなわち当事者の申立てない事項について裁判をした違法があるから、破棄せられたい。
三、原判決は、理由そごの違法がある。
原判決は、その理由の冒頭で、被上告人が訴外牧から本件家屋を買受けて、賃貸人たる牧の地位を承継したことを認めながら、本件請求原因である正当理由の存否の判断については、全然、右事実を無視し、たゞ被上告人のみの住居、職業、事情を考慮したことは、前記地位承継の事実と矛盾し理由にそごがあるといわねばならない、すなわち従前の賃貸人の地位を承継したということは、たんに賃貸物件を使用させたり、家賃を受取つたりする法律上の権利義務を承継するだけではなく、従前の賃貸人牧が賃借人たる上告人に対して許容していた安全感というようなもの、換言すれば、賃借人たる上告人が訴外牧が賃貸人である以上、決して近い将来立退を強要されるようなことはないだろうとの期待にこたえる一種の拘束を受ける地位をも被上告人は承継したのであるから、正当理由の存否についての判断は、すべからく従前の賃貸人たる牧が引続き賃貸人であつた場合は、どうであるかを考慮し、これを判断の基礎としなければならないのに、それをしなかつた原判決は理由そごの違法があるから破棄せられたい。 以上